“「自分はこの分野は100%知っている」という人にありがちなこと” 他

投稿者: | 2016年9月9日

親愛なるとある方へ。


「自分はこの分野は100%知っている」という人にありがちなこと

ネットに限らず「ぼくは正社員なので!」「ぼくは本業なので!」と言いながら大間違いな事を述べている人は多い。
現に自分の周囲でもよく「こういう事を知ってるんだよねー」とアピールをしている人はいるが、物流の話になればダンマリ。

その人は自分が友人氏と話をしている時にも「物流は常に倉庫に荷物をためてはいけない」、みたいな指摘をしてくる。
しかしながらその指摘に対して「じゃあ倉庫ってなんのためにあるの」って聞けばダンマリだ。
倉庫は物流におけるバッファの役割を担うので、荷物はたまに貯まることがある。時間帯や時期によっては倉庫が一杯になるなんてこともある。
と説明すれば「ああ、そうだったそうだった」などと最初から分かっていたフリをする。非常に面倒だ。

指摘するだけならいくらでもできる。「コイツはおかしい」「あいつはおかしい」と言うだけ。
知識の証明として指摘をするのはおかしいんだよね。

そういう人が付近にいるようになってから、自分も薄々知識の正確さには気をつけなければならないと思っている。


発言と責任と説得力は異なる

これに対してよく反発があることも確かだ。
「正社員だから経験を積んでいる」「学生のくせに生意気な事を言うな」といった具合に。

確かに反発の中には「十把一絡げにしてはいけない」といった比較的まともな話もあるのだが、
それ以上に曖昧な表現が多い。酷いのは「ニートのくせに」だ。

ネット上のメディアには責任が発生するのがつきものだが、これが個人レベルとなれば無に等しい。
いくら批判しようがタダである。対象が死ぬまでいくらでも文章、スパムを投げ込むことだって可能だ。
つまり批判には責任が存在しない。それであるが故に言葉が本来を見失うことが多い。

いつだったか忘れたけど「言葉はいかに人を支配できるか」を書いた気がする。
要約すると「言葉を制御すれば人のみならず歴史まで操作できる」。
昨今の社会事情から顧みれば言葉の出力そのものを制御して思考を支配するという別ベクトルへ発展しつつあるらしい。
確かに批判の用法として”立場”を活用していくことはできる。しかし説得力を持たない。

twitterに限らずネットに入り浸っている人の多くは説得力というものを特に気にせず、ただ惰性で発言をすることが多い。
そのため言葉そのものの説得力を知らずのうちに育ち、こういう批判を繰り返してしまうのだろうなあと思った。
この点ではネット上でいくら悪口を言ったところで実際の被害が出ない限りは一切の責任はないのだ。

だからといって悪口を繰り返せば自然と周りから人は減るだろうけどね。

この後、更に内容を全く見ないような人たちから「お前のことだろ」という話があったが、それはまた別の話で扱う。


愚直に繰り返すことで自身の能力を自ら奪う

ネット上に限らず常に「お前がそうだろ」と発言する人は多い。

言葉としては内容をそっくりそのまま相手に返すことができる、便利なもの。

が、実は大きすぎる盲点が存在する。

そのまますぎるので自分の思考力を自分で奪っているという点だ。
確かに批判をする場合に「お前がそうなんだ」と言えばそのまま批判の言葉としてぶつけることはできる。
でも説得力はないし、具体的な日時も対象も不明だ。

英語で表しても
You are throwing a criticism to you own.
あなたはあなた自身に対して批判をしている。

そう、便利すぎるのだ。驚くほどに。
思考に費やすコストが低ければ低いほど、自分の言葉としてはよく使うようになる。
幼少期は泣くことで表現をし、少年期にはバカ、アホと表現をする。
ある程度年齢を重ねるとおっぱい、セックス、えっちといった用語へと変化していく。
または知識層によってキチガイ、ゴミといった短い用語から、「私はこう思う」というスタンスを表現し自己認識をするという変化も見られる。
他人と同一の言葉を繰り返し使うという事は割と珍しい部類に入るが、コミュニティでの共通認識において特定の言葉を使うことで同じ言葉を繰り返し使うといったことも見かけることができる。

一度使ってしまえばあとは機械のように繰り返し発言をするだけだ。「お前はお前」「お前はそのまんまお前だ」とね。
繰り返すことはすなわち思考の低下へと直結する。言わばパソコンでループする処理を行うのと同義である。

ループする処理が多ければそれだけ同じ処理をする。同じ処理に特化した機械を積めば速度は増加する。
一つの処理が全く異なるものどうしであれば、あらゆる処理に対応しなければならないため効率は低下。速度も減少する。
人間には学習するという能力が備わっており、上記の実験を行う場合ではより影響が顕著になる。(あくまで理論の話だが。)
思考力が一度低下してしまえばそれだけ思考する能力を失うことに繋がる。
高校を卒業した後に就職をした場合、高校の知識を全く使わないし復習もしないので覚えていないこと、これが言わば証明となる。

発言主自身は思考力を自ら落とすだけで、発言対象は自然と自己同一性を高めるようになる。(発言対象が発言主を認識している限り)
コミュニティであれば同じ言葉でお互いを認識するため、より結束性が高まるがイレギュラーが発生した場合にそのコミュニティは崩壊する可能性も高い。

実は日々のルーティンワークもほとんど似ている。常に思考力がほしいのであれば、毎日に変化をつけた方が良いのでは?と推奨しておく。
逆に批判や意見をする時に同様の意見を繰り返すのであれば、それだけ考えていないのだと受け取っておく。

もし、本当に指摘したいという気持ちがあるのなら、自ずと「お前はこういう点がこうなんだけど直せ」とまでフォーマットされると考えている。ただし必須ではないが。

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