尾原興産

・正式名称
尾原(びはら)興産(1940~1966)

尾原総合開発社(1967~1970)

尾原開発コンサルタンツ(1971~1988)

BIHARA(1989~)

・決算
9月8日(1940~1944)
12月20日(1945~1989)
3月13日(1990~)

・代表者
隈川 機三郎(1940~1955)
保 太平(1956~1983)
吉仲 崇(1984~)

・業種
陸運業(1940~1989)
海運業(1940~1956)
輸入代行業(1967~)
旅行代理業(1988~)

・事業内容
鉄道、バスによる運送事業

・本社所在地
09-1005-0343
豊久島節上 尾原興産本社

・本社役員数
350人

・採用車種
国鉄車両

・提携会社
なし

・支社
尾原鉄工(1942~1978)
尾原鉄道(1940~1989)
BIHARAスチール(1979~1988)
尾原観光(1988~)
尾原バス(1940~)

・労働組合
本社

・運行司令所
節上駅

・車両区
節上駅

・路線
節上-

・歴史
1939年:隈川 機三郎と有志32名により尾原興産設立。資本金3000万。
1940年:尾原鉄道設立。資本金4500万へ増資。
1941年:節上駅を設置。仮の本社となる。
1942年:鉄製品の生産を開始。
1943年:節上~寺宮間開業。
1944年:牛陽噴火発生。本社が倒壊した他火山弾により大量の死者を出した。
1945年:牛陽噴火の被害から復旧。鉄道線の運行を再開。
1947年:寺宮~峰津間開業。
1950年:設立10周年記念行事を開催。
1955年:隈川 機三郎逝去。保 太平が社長へ。
1967年:輸入販売に参入。
1978年:鉄鋼業から撤退。鉄製品の加工販売に専業化。
1983年:吉仲 崇が社長に就任。
1988年:鉄製品の生産を停止。旅行代理業に参入。
1989年:利用者低迷のため、鉄道線廃止。鉄道線の敷地はバスに転用された。

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